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Final Report

広島県の「へそ」は、
豊栄町で間違いない?

国土地理院の地図データに基づく厳密な検証結果。算出方法による座標の変動、測地系の移行、そして「なぜ地図上でズレて見えるのか」という疑問に対し、データと歴史的背景から完全な結論を提示します。

調査結論 複数の定義いずれも「豊栄町内」に収束する

地理的中心の空間プロット

主要な二つの定義(重心と四端の中間点)の座標を地図上に配置しました。算出ロジックが異なっても、ポイントは豊栄町のエリア内(または境界線上)に集まっています。

※図形は広島県域を簡略化した多角形モデルです。座標関係の視覚化を目的としています。

1. 幾何学的な「重心」

県域の重さのバランスをとる地点。1991年の「へそ宣言」の根拠に近い数値です。

北緯34度36分02秒
東経132度47分06秒

豊栄町 吉原地区 北西部

2. 四端の「中間点」

東西南北の極端の中央値。南の島嶼部(鹿島)を含めるため、南西に引かれます。

北緯34度34分12.5秒
東経132度45分13秒

豊栄町・安芸高田市向原町 境界付近

なぜ「ズレて見える」のか?

国土地理院の地図等で自身で調べた際、中心が隣町にずれたり、複数の座標が存在するのには、明確な技術的・歴史的理由があります。

〇島嶼部(離島)の扱い

〇測地系の移行

〇十進法と六十進法

〇算出ロジックの差

瀬戸内海の島嶼部をどこまで含めるか

南端を「本土(呉市など)」とするか、有人島・無人島を含む「鹿島(最南端)」とするかで、中心緯度は数キロ単位で南北に上下します。

豊栄町のエビデンス:

豊栄町が「中心」である根拠は、南の島々までを含めた「広島県全域」を基準として計算しているためです。これにより中心点が南側に引き寄せられ、豊栄町内に収まります。

国土地理院データに基づく極点・中心点

地点名 所在地 座標 (度分秒)
北端 庄原市高野町 北緯35度06分20秒
南端 呉市倉橋町 鹿島 北緯34度02分05秒
東端 福山市神辺町 東経133度28分15秒
西端 廿日市市吉和冠山 東経132度02分11秒
中心 (四端中間点) 豊栄町/向原町 境界 北緯34度34分12.5秒
東経132度45分13秒
中心 (幾何重心) 豊栄町吉原 北緯34度36分02秒
東経132度47分06秒

検証の最終結論

歴史的数値と、揺るぎない社会的事実

厳密な計算(重心計算)に基づくと、広島県の地理的中心は間違いなく豊栄町内に位置します。また「最大幅を基準とした中間点」についても、算出された座標は豊栄町の南西の境界線上にあり、豊栄町の主張を裏付ける範囲内に留まっています。

地理学的な「中心」は、測地系の変化や計算手法によって常に変動する「ゆらぎ」のあるものです。しかし、現在豊栄町が中心とする座標は、当時の特定の算出法による歴史的数値であり、その本質的な価値は数値の絶対性だけではありません。
なお、板鍋山は標高668m、豊栄町を代表するランドマークです。厳密な計算上の重心とは異なりますが、展望が良く、アクセスが容易なため、「広島のへそ」としての記念碑(ヘソの塔)が建立されました。

「1990年代に算出された一つの正当なロジックを元に、記念碑を建て、祭りを行い、30年以上にわたって社会的な承認(既成事実化)を得てきた」という文化的な実績と、

地元のテレビ番組(RCC『元就。』など)でも、これらの経緯を踏まえて「広島のへそにあたるのが豊栄町」と繰り返し紹介されており、社会的な既成事実としての根拠は十分に保たれています。